2012年3月11日を迎えて、感じていることを書きつけていくだけの記事
あれから1年。今こうやって振り返ってみると、1年があっという間に過ぎ去ってしまった感がある。
地震や津波などによるダメージはほとんどなかった身だし、内陸部の地滑り地域や沿岸部の浸水地域などに暮らす方々とは感覚が違うんだろうな。さらに、この1年の間に地震とは関係なく嬉しいことも悲しいこともいろいろあって、2011年3月11日がかなり過去のものとして感じられるようになってしまった気がするな。
だけど、岩手に生まれ育ち現在宮城で暮らしていて、あの日を仙台で経験して、これからもこの地で生きていこうと考えているわたしは、地震のことは絶対に忘れないし常に頭の片隅にあり続けるんだろうな。
この1年、被災地のためにと思って意識的に行動したことはあっただろうか。なかったかもしれないなあ。これから長い目で見てなにかができればいいのかなあ。一方で、いつも通りの日常(2011年3月11日以前のそれとは違うものかもしれないけれど)を取り戻せたんだから、地震のことは意識しないで自分の普通の生活を送りたいなあ。
地震や津波の映像なんかはあの日の後しばらくは平常心では見られなくて、昨年3月下旬に見たときには結構しんどかった記憶が残っているんだけど。あれから1年経って、揺れてる瞬間・波に飲み込まれてる瞬間の映像をテレビで見たときにはわりと落ち着いて見られたなあ。
地震直後の報道の映像は一応保存してあるけれど、見たいと思う日は来るかなあ。今すぐじゃなくて、数十年後に我が子とともに見てみたいなあ。
三陸の美味しい海の幸、たくさん食べたいなあ。東北産のものを積極的に食べていきたいなあ。
まだ1年しか経ってないわけだし今もその影響が色濃く残ってるわけだし、みんなあの日のことは忘れずにいるけれど。あの阪神・淡路大震災からは今年で17年になるわけで、高校生以下の子どもたちはあれを経験してない人間になるわけで、つまりそれは教科書に載ってる歴史上の出来事のひとつになっているわけで、いつの日かこの震災もそうなるわけで。それは、わたしにとってのバブル崩壊や宮城県沖地震やオイルショックや東京オリンピックやチリ地震津波や終戦の日と同じ位置づけなんだけど。そう考えると、なんだかさみしい。
この肌で感じたあの日のこと、見たもの考えたこと、自分の身体に残ってるこの感覚は何十年経っても忘れちゃいけないなあ。まだ熱をもっていて実体があるこの感覚、冷たく薄っぺらいものにならないようにしなきゃ。